長野原町役場がアイブリーで実現した、行政リソースの「住民サービス」への再配分—人件費に連動しない持続可能なDX

月間約1,000件、多岐にわたる用件の代表電話を、9名の総務課職員が経験と記憶を頼りに対応する。多くの自治体が抱えるこの構造的課題に、群馬県長野原町役場は対話型音声AI SaaS「アイブリー」の導入で正面から向き合いました。多くの自治体が直面する「コールセンター委託では人件費というコスト負担を避けられない」という壁。長野原町役場はいかにしてその構造的課題を乗り越え、職員を単純な電話対応から解放したのか。住民の利便性を損なわず、むしろ「そのまま話せばつながる」という直感的な体験へと進化させた、対話型音声AIによる行政改革の舞台裏に迫ります。
本記事では、長野原町役場 総務課 人事財政係 係長の平林さんに、アイブリー導入の背景から具体的な活用法、そして役場にもたらされた効果について詳しくお話を伺いました。
アイブリー導入の成果サマリー
- 持続可能なコスト構造の確立:地方自治体では専門スタッフの雇用を前提とする人件費ベースの外部委託モデルは、予算規模において持続可能性に課題がある。アイブリーの導入により、代表電話にかかってくる電話の87%を自動で適切な部署に振り分け可能になり、人件費に連動しないDXコスト構造を構築。将来にわたって安定運用が可能な体制を実現した。
- 「そのまま話せばつながる」住民体験と職員保護の体制構築:プッシュ操作を強いる従来の自動音声案内ではなく、AIが発話を認識する「音声認識Q&A」を採用。導入後2週間で代表電話の「AI自動振り分け率87%」を達成し、住民にとって最もストレスのない窓口を実現。また、録音・文字起こしがカスハラを抑止し、職員を守る体制も構築。
- ブラックボックスの解消と職員リソースの再配分による住民還元:月間約1,000件に及ぶ住民からの問い合わせをAIが文字起こし・要約。庁内横断的な情報共有と対応精度の向上を可能にした。また、電話の取り次ぎ業務を大幅に削減することで、総務課職員が住民サービスの推進に向けた付加価値の高い業務に集中できる環境を整備。
長野原町役場について

群馬県の北西部に位置する長野原町は、人口約5,000人の自治体です。「生きる力を育む町」を基本理念に掲げ、NTTドコモグループと共同で町アプリ・プラットフォームを構築するなど、全国の自治体のロールモデルとなるようなデジタル化を積極的に推進しています。
町アプリのダウンロード数は約6,800件と、人口を超える水準に達しました。さらに、全国的なマイナンバーカード導入時の交付率も全国の町村ランキングで上位を記録しています。住民票のコンビニ交付を10円で利用できる仕組みを導入するなど、住民の利便性向上と行政コストの最適化を両立させている先進的な自治体です。
属人化した取り次ぎ業務と、経営資源として活かされない通話データ
長野原町役場の代表電話には、「担当部署はどこか」「誰々につないでほしい」といったお問い合わせが日々寄せられています。水道、税金、住民票の手続き、福祉関係など内容は多岐にわたり、どの部署につなぐべきかは、対応する職員個人の経験と知識に委ねられていました。
「総務課に長く在籍していると『これはここだ』という経験の積み重ねがあります。しかし、異動してきた職員や新人にとっては、どこにつなげばいいかわからないという負担がかなり大きかったのです」と平林さんは振り返ります。

この属人化は、行政運営において複合的なリスクを生んでいました。まず、取り次ぎ業務が若手職員に集中する傾向があり、多様化する本来の業務に対する集中力が削がれ、時間外労働が増えるという悪循環に陥っていました。さらに、そもそも長野原町役場の管轄なのか、群馬県やその他機関の管轄なのか分からず、困ってお問い合わせをする方も少なくなく、調査に時間を要するケースも頻発していたのです。
加えて、月間約1,000件にのぼる通話の内容は記録されることなく流れていき、「どのようなお問い合わせが多いのか」「住民が本当に困っていることは何か」といったデータが行政運営に活かされていませんでした。カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策も急務となる中、代表電話の運用体制そのものを抜本的に見直す必要に迫られていたのです。
「話せばつながるのが一番良い」。プッシュ式ではなくAI音声対話を選んだ理由
当初、平林さんはコールセンターへの外部委託を検討していました。しかし、専門スタッフの人件費を前提とする委託モデルは、人口約5,000人の自治体の財政規模には見合わないものでした。
「さまざまな業者から見積もりを取りましたが、やはりコストが高い。どうしようかと悩んでいたときに、自動対応してくれるサービスはないかとネットで調べたり、アイブリーのメルマガを見たりしたことがきっかけで、資料請求をしました」
アイブリーの導入を決めた最大の理由は、AIによる「音声認識Q&A」を活用し、問い合わせ側が自然に用件を話すだけで適切な部署へ振り分けられる点でした。従来型のプッシュボタン式の自動音声案内も検討しましたが、多くの部署やカテゴリがある場合に案内が長くなりすぎること、そして高齢化が進む町ではボタン操作自体が高齢者の負担になるという懸念がありました。
「DXと言いながらお客様側の手数を増やしてしまうのは本意ではありません。話せばつながる、というのが一番良いのです。住民の方にとっても役場にとっても、お互いにメリットのある仕組みにしたかったんです」と平林さんは語ります。
さらに、録音・文字起こし・AI要約の機能がカスハラ対策に直結すること、そしてコールセンター委託のように人件費に連動する変動費が発生しないことも決め手となりました。
導入にあたっては、各課にどのようなお問い合わせがあるかをヒアリングし、約1,500件のキーワード候補を収集。そこから優先順位の高い400ワードに絞り込み、Q&Aデータベースとして登録しました。PoC(概念実証)を経ずに最初から代表電話への本導入に踏み切ったことからも、平林さんの改革への本気度がうかがえます。
アイブリー活用イメージ
アイブリー導入後の長野原町役場における、電話対応の業務フローは以下のとおりです。

総務課が「いい意味で静かになった」導入後2週間程度で自動振り分け率87%を達成
導入後、最も大きな変化として平林さんが挙げるのは、総務課にかかってくる電話の数が大幅に減少したことです。
「若手の職員に聞いても『だいぶ減りました』と言っていますし、総務課がいい意味で静かになりましたね」
導入から2〜3週間の時点で、636件の着電に対し551件の自動転送に成功し、自動振り分け率87%を達成しました。月間約1,000件の電話対応のうち大部分をAIが処理することで、総務課の職員は取り次ぎ業務から解放されました。これにより、住民サービスの向上・推進といった本来の業務に集中できる環境が整いつつあります。

通話データの可視化がもたらした想定外の価値
カスハラ対策として導入した録音・文字起こし機能は、当初の想定を超えた広がりを見せています。
「『この人はどういうことを言っていたっけ』という記録が残るので、他の課から『記録を見せてほしい』と依頼されることが増えました。通話内容を正確に把握したうえで対応できるため、お問い合わせに対する回答精度が格段に上がっています」
これまでブラックボックスだった通話内容が、文字起こしとAI要約によって構造化されたデータとして蓄積されるようになりました。他の課の職員が「アイブリーのAI要約がほしい」「内容をまとめたいからデータを共有してほしい」と活用するケースも生まれており、通話データが庁内の共有資産として機能し始めています。
また、冒頭で「録音しています」というアナウンスが流れるようになったことで、カスハラの抑止力としても効果を発揮しています。
住民からの受容は「意外なほどスムーズ」
新しい仕組みの導入にあたり、平林さんは町民からの声を心配していました。
「以前、防災無線をデジタル化した際、『デジタルの声が嫌だ』『聞き取りづらい』という声が結構寄せられたんです。だから今回も心配していたのですが、意外なほどそういった声はありませんでした。あっさりと定着しましたね」
デジタルに不慣れな方がAIに戸惑い、結果的に総務課へつながるケースもごくまれにありますが、大きな問題にはなっていません。「人が電話に出ると『忙しいのに申し訳ないな』と気を遣う方もいらっしゃるので、AIが対応することで、お互いに気兼ねしない雰囲気が作れている側面もある」と平林さんは分析しています。気軽に問い合わせできる環境がAIによって生まれたことは、行政サービスの接点としての質が向上したことを意味しています。
職員の安心感が業務品質を底上げする
業務効率化の成果はまだ発展途上としつつも、平林さんが強調するのは職員の「安心感」の変化です。
「録音されている、いざとなれば文字起こしがある、電話番号も自動で控えられている。その安心感が非常に大きいですね」
聞き漏らしへの不安がなくなったことで、職員が落ち着いて対応できるようになり、結果としてお客様対応の品質そのものが向上しています。この安心感は、カスハラリスクの軽減とあわせて、職員の働きやすさを支える重要な基盤となっています。

データの蓄積と活用で、行政サービスの在り方を変えていく
平林さんが描く将来像は、代表電話の取り次ぎ業務をゼロにすることだけにとどまりません。
「簡単な要件はAIが答えて完結する。例えば、『住民票を取るには何が必要ですか』といった質問にAIが回答するところまで持っていきたいと考えています。さらに、どういったお問い合わせが多いのかを分析し、公式サイトの情報を充実させたり、チャットボットを導入したりと、データの蓄積と活用には大きな可能性を感じています」
さらに、夜間や休日に職員が交代で泊まり込むなどの「宿日直」体制への活用も視野に入っています。現状は当番制で24時間の電話対応等にあたっていますが、AIによる一次対応と自動転送が実現すれば、宿日直における人員体制の見直しや、職員の大幅な負担軽減につながる可能性があります。
「私自身、このDX推進において、単に自動音声案内を入れて終わりにしたいとは思っていません。データの蓄積から活用まで、しっかりと取り組んでいきたいと考えています」

人口約5,000人の町から始まった代表電話の構造改革。それは、職員のリソースを住民サービスの向上へ再配分し、蓄積された通話データで行政運営そのものを進化させていく取り組みへと広がっています。長野原町役場の挑戦は、全国の自治体が直面する「限られた人員で、多様化する住民ニーズにどう応えるか」という課題に対する、一つの明確な解を示しています。
※記事内のアイブリーに関する情報はインタビュー時点のものです。現在は異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。